佐田由佳利

2006年よりイタリア・フィレンツェに住んでおります。


例の震災が起こった日、いつものように出勤をしている最中、
携帯電話を耳にあて、深刻な顔をして話をしている日本人を何人も見かけたのをはっきりと覚えています。
普段はテレビを殆どつけないので、工房に着くまでは何も知りませんでした。

まくしたてるように流れるイタリア語と英語のリポート、時折聞こえてくる母国語の日本語。

目にしたのは、見覚えのある懐かしい日本の車道や電柱、看板、田園地帯。

それらがまるで映画の中のセットか何かで、シーンの一部のように感じてしまい、実際に起こった事だとは直ぐに理解できませんでした。


それからというもの毎日、自宅に帰宅してからは何時間もインターネットで日本のニュースを見、数日遅れの日本の新聞を読み、うまく言えませんが、この震災時に日本から遠く離れた場所に居た事、この災害を共に、直に、経験しなかった自分に罪悪感のようなものを抱いて過ごしていました。


それから約4ヵ月後、私の手元に届いたのが益子焼のカケラ。
初めて私が直接手にした、震災の語り手。

再生、復興の為に必死に動く人々、破壊された中から生まれたエネルギーが大きくなっていく様子、
それらに触れ、心に熱いものを感じ、私が何か、僅かでもできるのであれば、
と思い「繋がるカケラ」のプロジェクトに賛同させて頂きました。

しかし、実際にカケラを手にした瞬間、自分の気持ちの甘さに対峙する事に。


自分には、このカケラを扱うだけの器が無い・・・。
自分のこの申し出は偽善じゃなかろうか、云々・・・、
いろいろと考えては、実際に加工に着手するまでには、だいぶ時間がかかりました。


私が加工に着手できるようになったきっかけは2つ。

一つは、「このカケラを扱うだけの(人間としての)器」。

人間としての器は、努力次第でこれからでも作って大きくしていける。
目の前にあるのは、元は器だったカケラで、別のものとしての生まれ変わるのを待っている。
言葉の綾で、お互い欠けた器同士、怯まずにとにかく前に進めばいい。


二つめは、東京で初夏に行われたジュエリー合同展で掲示させていただいた
「繋がるカケラ」プロジェクトの説明文。

秋にフィレンツェで展示会を行うにあたり、説明文をイタリア語へ翻訳させて頂きました。
書かれた日本語に込められた意味を、丁寧に汲み取り、それを出来るだけそのままの意味でイタリア語にする作業。何度も何度も読み返すうちに、このプロジェクトの素晴らしさを再確認したのでした。


私が手がけさせて頂いたのは3点。

初めに具体的なイメージは持たず、ただ、男性でも女性でも身につけられる物にしたい。
まず、カケラありき、の作品でありたい。
そういう思いから。

しかし、私の手元に届いたカケラは装身具に加工するにはとても大きすぎて、
私の手で小さくするしかありませんでした。

器の作家さんの気持ちを考えると心が痛みましたが、
どうかこれくらいの大きさになりますように・・・、と祈りつつ、割ってみると、
驚くほど願っていたくらいの大きさになり、割れた断面を整えていくと、とても味のある形に、
・・・それからやっと具体的なイメージが。



----プロフィール

佐田由佳利(さだゆかり)
福岡県生まれ
2006年より、イタリア・フィレンツェ在住
現在、フィレンツェ中心地のジュエリー工房に勤務 

リビルド益子

【カケラについて】

私たちが活動で使用しているカケラは全て、御提供頂いた作家・窯元のものを用いております。

 

また、カケラのみの提供は行っておりません。

 

 

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